2020年の大相撲初場所で優勝した徳勝龍関

結びの一番で貴景勝を寄り切りで下して初優勝しました。

幕尻からの優勝ということで、久々に盛り上がり感動した大相撲でした。

優勝した徳勝龍の出身校や学歴も気になるのですが、恩師が急性したという話題も気になるので調べてみました。

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徳勝龍のプロフィール



横綱不在の2020年大相撲初場所でしたが、優勝したのは幕尻(幕下の最下位の地位)の徳勝龍関でした。

波乱万丈でしたが、千秋楽が近づくにつれ「もしかしたら優勝するのでは??」「優勝してほしい!」と応援にも自然と熱が入ってしまいましたね。

そんな徳勝龍関のプロフィールをご紹介します。

プロフィール
  • 四股名:徳勝龍(トクショウリュウ)
  • 本名:青木誠
  • 生年月日:1986年8月22日(33歳:2020年1月執筆時点)
  • 出身:奈良県奈良市
  • 所属部屋:木瀬部屋

  • 徳勝龍関の出身校や学歴について

    初土俵から12年で33歳と5か月、大相撲では遅咲きと言われている徳勝龍関は、小さい頃から体格がいい方だったようです。

    徳勝龍は体重3860グラムで生まれ、6か月で10キロにまで成長。3歳の頃から柔道、小学2年から野球も掛け持ちし「4番捕手」を担った。小学4年から「けはや道場」で相撲を始めた。小学5年からは実力を買われ、中学生と一緒に汗を流した。中学2年から通った大阪・岸和田市の「右門道場」には週3回、父が1時間半かけて送迎。帰りの車の中で、隠れて泣いている姿も見た当時を思い浮かべ「今一番、それが報われた」と感慨に浸った。


    赤ちゃんはだいたい1歳位で10kgくらいの体重になるのですが、すでに6ヶ月で10kgにまで成長したという徳勝龍関ですが、赤ちゃんとしては成長が早い方だったのですね。

    3歳の頃から柔道を始め、小学校4年生からは『けはや道場』で相撲を始めました。

    そんな徳勝龍関の出身校ですが、小学校はどこに通っていたかは不明ですが、中学校は奈良県橿原市立光陽中学校で、高校は高知県にある明徳義塾高等学校に進学します。
    明徳義塾高等学校は元横綱の朝青龍が相撲留学した学校で、相撲だけでなく高校野球でもよく名前が出る高校ですよね。

    小学校4年生の頃から、相撲を始めた徳勝龍関は、中学生に上がるころにはすでに大相撲力士を目指し目標に向かって高校進学をされたのでしょうね。

    高校2年生でインターハイ団体優勝を経験し、個人でも成績を残します。

    明徳義塾高等学校を卒業後は近畿大学経営学部に進学します。
    近畿大学では学生横綱になれませんでしたが、西日本学生相撲選手権大会、全国大学選抜相撲高知大会で優勝するなど成績を残します。

    大学4年生のときに木瀬部屋に入門します。

    しかし、近畿大学時代に学生横綱になれなかったため、幕下付出を得ることは出来ず前相撲からのスタートで序の口昇進を目指します。


    地道な頑張りを経て、2009年11月、23歳のときに幕下に昇進することができ、一歩一歩と大相撲力士への夢に近づいていきます。


    徳勝龍の恩師が急逝



    徳勝龍関の恩師である、近畿大学相撲部の伊東勝人監督が2020年1月18日に急逝されていたようです。

    恩師といわれるのでご高齢なお方だったのかなぁと思いましたが、55歳という若さで他界されたようでした。

    ご病気で加療中だったわけでもなく、食後に体調不良の訴えがあり、就寝中に異変がおきたということで本当に誰もが予想しなかった突然の出来事だったようです。


    1月18日といえば、すでに大相撲初場所は開催されてます。

    場所中に突然の訃報を聞いた徳勝龍関の心中を図るといたたまれない気持ちになりますが、「恩師が一緒に戦ってくれた」と、素晴らしい精神力で初場所を乗り越えた徳勝龍関からは感動や元気をもらいました。

    SAKISAKI

    伊東監督は、筆者と同じ世代でした。
    徳勝龍関の優勝を見届けたかっただろうなーと思うと本当にいたたまれませんが、教え子たちのご活躍を見守ってくださっていると思います。



    さいごに

    2020年初場所の優勝を飾った徳勝龍関野出身校や学歴、急逝された恩師についてでした。

    幕尻からの優勝ということで、33歳という遅咲きといわれている徳勝龍関ですが、相撲を通じて地道な努力は必ず実を結ぶ・・・と、たくさん元気をもらった相撲でした。

    今後、怪我をすることなくいつまでも相撲を楽しませていただきたいなーと思いました。